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2012年を迎えました。
今年もよろしくお願い致します。年は改まりましたが、まだまだ試練の只中におられる被災地の方々に、適切な助けと励ましが届くよう、日々お祈り致します。
私達の人生には、個人レベルでも、集団レベルでも、様々な「試練」を通らされる時があります。その時に感じる痛み、悲しみの実感は、当事者にとっては、事の大小にかかわらず、100%の重みがあります。ですから、試練の中にある人には、実際の助けと共に、懇ろな「共感」が必要です。「本当に分ってくれる人がいる」という実感が不可欠なのです。聖書には、救い主イエス・キリストの降誕前に、彼の人格に関する「預言」が記されています。
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「彼は悲しみの人で、病を知っていた」「彼は私たちの病を負い、私たちの痛みをになった」(イザヤ書53章)これは、キリスト教の神観は、イエスの人格に見出されるように、人間に対して100%共感される神である、ということを表しています。
遠くから人間を傍観しているのではなく、そばにいて共感し、共に心を痛められる神なのです。ですから、試練の最中、人が心を神に向けて祈ると、真の慰めが得られるのです。
また聖書には、「試練と共に脱出の道を備えて下さる」(Iコリント10章)という言葉があります。それは、心の内面の慰めと励ましだけでなく、試練を単なる「辛い経験」で終わらせない、神様の具体的な助け、「脱出の為の道」があることを意味しています。
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盲目のテノール歌手、新垣勉という方がおられます。彼は、日本人の母とラテン系米国人の間に生まれ、生後すぐに医療ミスで失明…父は母と自分を捨てて帰国…。新垣さんは、そんな運命を呪い、父親を怨んで生きていたそうです。しかし、若き日に、イエス・キリストを信じて以後、その独特の声質を生かし、歌手として大成され、今では、自分にこの声を与えてくれた父親に感謝しているそうです。神様は試練を試練のままに終わらせなかったのです。
皆様にも、イエスキリストの慰めと助けが、今年も豊かにありますように、お祈り致します。
牧師 菅 徹哉
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